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「習慣」は大切な人のことを思い出すためのもの

「習慣」は大切な人のことを思い出すためのもの

今日は少し真面目に書いてみようかと。

あなたにも一年を通してこれだけは忘れてはならない「習慣」というものが、一つくらいはあると思います。

日本はいろんな文化が混じり合っていて、日本古来のものもあれば海外から入ってきたものなど多種多様です。漢字ものからカタカナのものまで、一年を通してひっきりなしに行われていますよね。

お正月に始まり、節分やバレンタインデー、そのお返しのホワイトデーにエイプリルフール。大方クリスマスが最後になるのかな?

きっと中には「バレンタインデー」には必ずケーキを焼く!という人や、節分には鬼のお面をかぶって子供達を驚かす!という人もいることでしょう。クリスマスにサンタになって隠れた演技力を発揮する親もいると思います。

そんなみんなが「習慣」として行っていることについてちょっと考えることがあったので、なんとなく残しておきたくて記事にしました。

必ず作ると決めた「栗きんとん」

もういくつ寝るとお正月でしょうかね?今年も早いものであっという間にこの時期が来ましたね。

おせち料理にお雑煮など昔から伝わってきた料理がお正月にはつきもので、最近では作らなくても美味しいおせち料理はそこらへんで売られていますよね。

むしろ若い世代の人たちはあまり馴染みがないし、正直どれも「ヒャッホー!」ってなるほど嬉しいメニューでもないのも事実です。僕は子供の頃からおせちは好きでしたけど、きっと料理が好きっていうよりもお正月の雰囲気が好きだったんじゃないかな。

みんながワイワイして過ごしてる雰囲気が。

そんなおせち料理の中に出てくる「栗きんとん」。栗とさつまいもの黄金色が美しい料理です。

僕はこれを去年から自分で作り始めました。きっとこれからも毎年必ず作ると思います。それにはちょっとしたエピソードがあるんです。ちょっと長くなるかもしれませんがお付き合いください。

お客さんからもらった裏ごし器

栗きんとんを作る時って舌触りをよくするために「裏ごし器」を使って何度も裏ごしをします。僕もなんせ初めてなんで知らなかったんですけど、あのなめらかな質感はそんな手間暇から生まれて来ているようです。

そんなことも知らずにお客さんに言ったんです。その方はもう80過ぎているおばあちゃんだったのもあり、おせちが話題として盛り上がりました。

僕「今年は栗きんとんを作ろうと思うんです。日本人らしいことちょっとしてみたいんで。」

お客さん「あらいいじゃない。うちに使ってないこし器があるから使ったら?裏ごしするのに便利よ。」

なんてことになって、わざわざこし器を持ってお店まで来てくれました。もう旦那さんも亡くなっていて一人暮らしだからって。おせちも一人だと作らないから差し上げますって。

僕はその年のおせち料理に栗きんとんを作りました。売ってるやつみたいになめらかにはならなかったけど、手作りの美味しさがよく出ている仕上がりになったと思います。

そのお客さんにも「無事に作れました」と報告できて、次は「もっと上手く作れるといいわね」と、アドバイスをもらったりなんかして。

一年というのはとても早いもの

そんな栗きんとんを作ったお正月が終わり、気がつけばまた寒い時期が近づいて来た秋中。寒くなると決まって一年って早いと感じますよね。

裏ごし器を譲ってくれたお客さんとの共通の知り合いのお客さんが、予約の電話をくれた時のことでした。

 

お客さん「あの方、〇〇さん。どうも亡くなられたみたいよ。このあいだ息子さんが連絡をくれたの。」

 

僕は最初ピンと来ませんでした。その電話をもらう1週間前に近所を歩いている〇〇さんを見かけていたので、「そんなまさか」と思いました。元気そうに(とはいえ足が悪いので杖はついていたけど)歩いていたのを覚えていたのでまさかそんな事はないと。

 

お客さん「少し時間をおいてからお線香あげに行こうと思うんだけど、一応あなたにも伝えておこうと思って。」

 

僕自身はその人がどこに住んでいたのかまでは知らなかったので、一緒に行ってお線香をあげることができませんでした。話を聞いてみるとどうやら心臓の病気だったらしく、定期的に様子を見に行っていた息子さんが倒れているのを発見したとのことでした。一命はとりとめたものの高齢ということもあり、そのまま病院で息を引き取られたそうです。

その中でもよく連絡を取っていたお友達の電話番号が電話帳に載っていたらしく、お客さんの元に電話が来たということです。

急なことで気持ちの整理がつきませんでした。

ですが、定期的にかかって来ていた〇〇さんの予約の電話が今も鳴らないのは、きっとそういうことなんだろうと思いました。

「習慣」は大切な誰かを思い出すためのもの

〇〇さんとの思い出である「栗きんとん」。

きっと〇〇さんが今も元気にうちの店に来ていたら、きっとそこまで意識することはなかったんじゃないかな。ちょっとおせち料理でも作ってみるかというその時の気まぐれで終わっていたと思う。

人間の記憶はとてもうまくできていて、悲しいことも嬉しいことも時間とともに忘れるようになっている。どんなに嬉しいことも少しずつ温度が下がりそっと記憶の引き出しの中に収められ、どんなに悲しいことや辛いこともその傷を時間がちゃんと癒してくれる。

だからまた笑ったり泣いたりできる。

でもそんな気持ちを忘れたくないということもあると思います。僕はその思い出を忘れないためにまた「栗きんとん」を作るんだと思う。そしてお正月が来るたびにあの人のことを思い出す。

ああ、そういえば僕が栗きんとんを作るきっかけはあの人だったんだ、って。裏ごし器、頂いたなあって。

 

人は「習慣」と呼ばれるものをそういった形で作っていくのではないでしょうか?

そしてそれは実際にそういう「経験」をすることでしかわからないものでもあると思います。現に子供の頃はお墓まいりなんてめんどくさくて行ってなかったけど、うちの親はちゃんと行ってました。「めんどくさくないのかな?」なんて思いながらそんな親を見てました。

今はまだ健在ですがこれから先自分の親が亡くなったら、その思い出を忘れないためにきっとお墓まいりに行くんじゃないかな。そんな親を見ていたから。そんな親との思い出をまた思い出したいと思うから。

そうやって親から子へ、子から孫へと「習慣」は受け継がれて行くものなんでしょうね。

 

いろんなことにも言えると思います。

学生時代の頃のことを思い出すために同窓会をしたり、一年間の仕事をお互いに労うために忘年会をしたり、大好きだったあの人との思い出の場所につい行きたくなってしまったり。

それがいつしか「習慣」になり、そうすることで大切な記憶を失わないようにしているんじゃないでしょうか。

「場所」や「物」、「匂い」や「音」、「景色」や「空気」なんかにもそれは宿ります。

自分が親にしてもらったように、自分も子供にそういう「習慣」を伝えていけたらいいなと思いました。そして自分が子供のそばにいられなくなったとしても、たくさんの思い出がその「習慣」を通して蘇り、記憶の引き出しから引っ張り出してくれると嬉しいなと思います。

お客さんとの思い出を自分の「習慣」として残していきたいと思いました。

 

お正月の気配を感じる12月に、ちょっと大人になれた気がしました。

大切な思い出が蘇る「習慣」を大切にしていこうと思います。

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